Vol.75 愛の基本は自分を大切にすること

You ドラマや映画、メディアでは自己犠牲や他者への献身がとっても美化され、讃えられているね。

そういった愛情は素晴らしいものとされている。

自分は死んでもいい、自分は悪者になってもいい、自分は不幸せになってもいい、あの人が幸せになるなら、という感じ。

しかし、自己犠牲という表現は魂の本質から少し遠ざかってしまう。

なぜなら、魂の本質は楽で愉しい ぷあぷあ だから。

この地球社会で人はいつも自分自身の存在意義を探し、追い求めている。

それは悪いことではないけれど、わたしがいつも言うように、魂の存在意義はすでに完全である本来の自分のほんとうの状態に帰ること

この自分宇宙には自分の魂エネルギーしか存在していない。自分以外の存在は交流の瞬間瞬間に宇宙同士が交わっているだけ。

だから、みんなの意識は常に自分だけに向いているのがごく自然で、ほんとうの状態。

魂の理想的な意識は、自分以外の存在がいてもいなくても、その存在の状態が良かろうが悪かろうが、常に安定しているべきなんだ。

どんな自分も受け入れて、その自分を無条件に愛することができて初めて、自分以外を愛せる。

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いまの多くの地球人は、自分を愛せてないのに、自分以外を愛そうとする。

それは自分宇宙の法則をわかってないから。

自己犠牲は自分を愛することができる人が、ほんとうの意味でできること。みんなはその違いを知らないといけない。

Vol.74 責任ある仕事でぷあぷあできない人へ

いまの地球人の典型的な考え方は、楽で愉しくぷあぷあ生きたいんだけれど、仕事の責任やプレッシャー、社会の規則やルールに縛られて、そのようにできない、というもの。

よくある、「〜だからできない」という生き方。

この考えに基づいて生きると、何をしてもうまくいかない、古典的地球人になってしまう。

私ドクタードルフィンが提唱する ぷあぷあ は、こんな大変な地球社会だからこそ、意味がある存在の仕方なんだ。

すべて自由で、厳しさのない社会であるのなら、もともとすでにぷあぷあしているので、ぷあぷあをわざわざ学ぶ必要はないのである。

この大宇宙は、異質の性質のペアが1組として存在している。ペアのどちらかが存在しなければ、必然的にもう片方は存在できない。

悪があるから善がある、影があるから光がある

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いまの地球社会は思い通りにいかなくて、いらいら、くよくよ、する環境だから、その反対にある ぷあぷあ を学んでいく。

厳しい環境では優しく生き、優しい環境では厳しく生きればいい。バランスが大事。

だからこそ、厳しい環境にある人は ぷあぷあ  を学ぶチャンスありということ。

Vol.73 スポーツで勝つこと、負けること


You have いまの地球社会ではスポーツが盛んに行われているね。

地球人のみんなは、やる方も、観るほうも、大好きだ。

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この大宇宙においては、このように勝ち負けを争って遊ぶのは地球だけではないよ。生命の存在するところならどこでも行われているんだ。

ここで 遊ぶ と表現したけれど、生命体であるみんなの魂意識は、常にワクワクしたがっている。

だから、本気の勝負でも、魂の本質的には 遊び になるんだ

一瞬一瞬に本気になって勝負を競うことは、魂を踊らせる1つの手段としてとても有効。大地のエネルギーを取り入れ、宇宙から入る自己螺旋振動波であるソウル・ウェイブの振動波の振幅を大きくすることに役立つんだ。

スポーツという遊びは人間生命体があるべき、楽で愉しい という状態における、最後の 愉しい というところはクリアできるわけだけれど、最初の 楽で という部分は満たしてないんだ。

楽で という状態はより高い振動波振動数を取り入れることで実現する。

では、どうすればより振動数の高い、高次元の宇宙ソウル・ウェイブを自分に取り入れることができるのだろうか?

スポーツにおけるコツはこれだ。

勝ったときは、負けるという立場を選択してくれた相手の魂に感謝すること。

負けたときは、負けるという立場を受け入れた自分の魂を誇りに思うこと。

勝っても負けても、どちらも魂は学ぶよ。

でも、負けた方が、魂の学びは大きい

これはソウル・ウェイブを高めて、ぷあぷあ することに他ならない。

勝っても、負けても、最終的には   ぷあぷあ しよう

Vol.72 病気をもつ人への進化した対処法

いままでの地球社会では病人に対して、

「お気の毒」「可哀想」

という固定観念をもつため、結果として

「よくなってね」「元気出して」「お大事に」

という言葉を投げかける。

そういう言葉を出す心の根底には

「自分は病気ではなくて恵まれている」

という具合に自分と病人とを比べ、病人を哀れんで、自分がより幸福ということを感じとっている

気の毒、可哀想、とみられる病人は、自分が健常人よりも劣っているという観念を植え付けられてしまう。魂が悲しむわけだ。

病気もその人が魂の進化と成長のために自らで選択したこと

だから、病気もお喜び様。

その病人は自己の魂エネルギーの乱れを修正するのに最も適した病気を選ぶんだったね。

より大変な病気を選択する魂は、より大きな進化と成長を目的とするとても勇敢な存在。

だから、病人には、

「あなたを誇りに思う」「あなたは素晴らしい」

そしてその病人は自己が学ぶだけでなく、あなたを含む周囲の人や社会にも学びを提供するのだから、

「有難う」「お喜び様」

これからの地球人は、病人に対して敬意と感謝を持ちましょう。

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Vol.71 人生の問題をなくそうとするとどうなるか

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みんなの地球生活においては、楽で愉しく生きることを阻害するいろいろな問題が起こるよね。

このドクタードルフィンのブログを楽しむ君たちはもう、わかっているはず。

ほんとうのところは自分の魂エネルギーの意識が好んで選択したっていうこと。

ただ単に、その大事な課題である人生の問題をなくそうとするとどうなるか?

もちろん、課題を放棄して必然な気づきや学びが得られないのは、当然だが、それ以上にみんなが知っておくべきことは、こうだ。

その問題をなくそうとする瞬間、その人の意識は
「自分は、その問題を持っている」
という認識そのもので出来上がっている。

だから、その意識が常にその問題を創造し続けている、引き寄せ続けている、というわけ。

その問題をなくそうと強く思えば思うほど、その問題の存在をより強く認識している。

つまり、思えば思うほど、その問題を強化するということ

問題との良い付き合い方は、

一旦、問題を持つことを肯定すること。

そして、それから生まれる気づきや学びを楽しむこと。

 
これができればいろいろなパターンで問題が問題でなくなっていくんだ。

執着しなくなる。ゆるんでいく。